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「迷惑をかけたくない」と言いながら、あなたは自分を苦しめていないか?

執筆者の写真: しんちゃん
しんちゃん
10 分前
読了時間: 12分

― 実験カウンセラーが考える、優しさの裏に隠れた孤独 ―





こんにちは!

自認ほーむラボっと♪の実験カウンセラー、しんちゃんです😊

さて、今回も皆さんの「当たり前」に、少しだけバグを投入してみようと思います(笑)



突然ですが、皆さんに一つ質問です。

「人に迷惑をかけないこと」は、本当に素晴らしいことなのでしょうか?

人に迷惑をかけないなんて、社会人として当たり前でしょう!

……と思った方もいるかもしれません。


もちろん、私も他人への配慮や思いやりは大切だと思っています。

しかし、ここで少し考えてみてください。

「人に迷惑をかけたくない」

そう言いながら、自分の気持ちを押し殺し、無理を重ね、誰にも頼れなくなっている人がいるとしたら……。

それは本当に、素晴らしい生き方なのでしょうか?


私は時々・・・

「誰にも迷惑をかけないように生きることが、いつの間にか、自分自身を苦しめる理由になってはいないだろうか?」と、考えます。

今回は、そんな人間の優しさと孤独、そして「人に頼ること」について、実験カウンセラーなりに考えてみたいと思います。




■ 「いい人」でいることに、疲れていませんか?

例えば、こんな人を想像してみてください。

職場で仕事を頼まれると、本当は忙しくても断れない。

周囲から「大丈夫?」と聞かれると、反射的に「大丈夫です!」と答えてしまう。

休日なのに、誰かから連絡が来ると無理をしてでも対応してしまう。

そして、家に帰って一人になった途端、どっと疲れが押し寄せてくる。

「今日も疲れたな……」

「本当は断りたかったのに……」

「どうして自分ばかり、こんな思いをするんだろう……」

そんなことを考えながらも、翌日になると、また笑顔で誰かの期待に応えようとする。

さて、皆さんはこの人をどう思いますか?

「優しい人」

「責任感のある人」

「周りに気を配れる人」

確かに、そのように評価される部分もあるでしょう。


しかし、私はここで一つ疑問を感じます。

「その人は、本当に自分の意思で優しくしているのでしょうか?」

もしかすると……

「断ったら嫌われるかもしれない」

「役に立たなければ、自分には価値がない」

「相手を不機嫌にさせたくない」

そんな思いが、行動の背景にあるのかもしれません。

もちろん、誰もがそうだというわけではありません。

純粋に人を助けることが好きな人もいます。


ただ、ここで考えてほしいのは、

「優しくしたいから優しくする」のと、「優しくしなければならないから優しくする」のは、同じではないのではないか?

ということです。

私は、この違いがとても大切だと考えています。




■ 「迷惑をかけたくない」という言葉の裏側

そもそも、私たちはなぜ、人に迷惑をかけることをこれほど恐れるのでしょうか。

幼い頃から、

「人に迷惑をかけてはいけません」

「自分のことは自分でやりなさい」

「周りの人に負担をかけないようにしなさい」

そんな言葉を教わってきた方も多いのではないでしょうか。

もちろん、これらの教えにも大切な意味があります。

社会の中で生きていく以上、自分勝手な行動ばかりしてよいわけではありません。

しかし……

「迷惑をかけてはいけない」という教えを、私たちは少し極端に受け取ってしまっていないでしょうか?

例えば、困ったときに誰かへ相談すること。

体調が悪いときに、仕事を代わってもらうこと。

悲しいときに、誰かに話を聞いてもらうこと。

こうした行動まで、すべて「迷惑」なのでしょうか?


私は、そうは思いません。

そもそも人間は、生まれた瞬間から誰かの力を借りて生きています。

赤ちゃんは、自分一人では生きられません。

成長してからも、学校、職場、家庭、地域など、さまざまな場所で他人と支え合っています。

それなのに、大人になると、なぜか「誰にも頼らないこと」が立派な生き方のように扱われることがあります。


いや~……。

人間って、不思議な生き物ですよ😅

もちろん、誰かに頼れば相手の負担になる場合もあります。

だからこそ、相手の都合を確認することは大切です。

しかし、私はここに大きな違いがあると思っています。

「相手に負担をかけないよう配慮すること」と、「相手に頼ること自体を禁止すること」は、まったく別の話ではないでしょうか?

そして、もう一つ。

「迷惑だと思われるかもしれない」という自分の予想を、いつの間にか「相手は迷惑だと思っている」という事実に変えてしまっていないでしょうか。

ここに、人間関係の難しさが隠れているように感じます。




■ 「大丈夫です」の裏側にある、本当の気持ち

少し、別の場面を想像してみましょう。

ある人が、心身ともに疲れ切っているとします。

そんなとき、友人が声をかけました。

「最近、元気がないけど大丈夫?」

すると、その人は笑顔で答えます。

「うん、大丈夫だよ!」

でも、本当は大丈夫ではありません。

誰かに話を聞いてほしい。

少しだけ助けてほしい。

一人で抱えることに限界を感じている。

それでも、口から出てくる言葉は「大丈夫」。

なぜなのでしょうか。

もしかすると、過去に弱音を吐いて否定された経験があるのかもしれません。

誰かに頼ったとき、嫌な顔をされたことがあるのかもしれません。

あるいは、「しっかりした自分」でいなければならないと思っているのかもしれません。


私は、そんな人に対して簡単に、

「もっと人を頼ればいいのに」

とは言いたくありません。

なぜなら人に頼れないことにも、その人なりの理由があるかもしれないからです。

頼ることが怖い人にとって、助けを求めるという行為そのものが、大きな勇気を必要とすることもあります。

だからこそ、「頼ればいい」と正解を押しつけるのではなく、なぜ頼ることが難しいのか、その背景から一緒に考えたい。




■ ここで一つ、心の実験をしてみませんか?

さて、恒例ですが・・・w

今回も実験カウンセラーらしい時間がやってまいりました(笑)


今回の実験は……

🔬『優しさの反転実験』

少しだけ、頭の中で実験してみましょう。

あなたには、大切な友人がいるとします。

ある日、その友人がこんなことを言いました。

「最近、いろいろあって本当につらいんだ……。もし時間があれば、少しだけ話を聞いてもらえないかな?」


さて、皆さんならどう感じますか?


A:「もちろん! 力になりたい」と思う


B:「頼ってくれて嬉しい」と思う


C:「正直、少し負担だな」と思う


D:「そのときの自分の状況による」と思う


どれを選びましたか?

ちなみに、今回も正解は一つではありません。

相手のことを大切に思っていても、自分に余裕がなければ話を聞けないこともあるでしょう。

それも決して悪いことではありません。

さて、ここからが本当の実験。

今度は、立場を逆にしてみましょう。


もし、つらい思いをしているのが「あなた自身」だったら?

あなたは、その友人に同じように、

「少しだけ話を聞いてもらえないかな?」

と伝えることができますか?

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いかがでしょうか。

友人が困っていたら、助けてあげたい。

でも、自分が困っているときには、誰にも頼れない。

そんな人もいるかもしれません。

ここで、私から一つ質問。

「あなたは他人に優しくすることを認めているのに、なぜ自分が優しくされることには、許可が必要なのか?」

少し意地悪な質問ですかね😅


でも、私はこの問いに、人間の心の面白さが隠れていると思っています。

もちろん、相手を頼ることができない理由は人それぞれです。

今は話せる相手がいない場合もあるでしょう。

ただ、もしあなたが「自分だけは誰にも頼ってはいけない」と感じているのなら……

そのルールは、いつ、誰が決めたのでしょうか?

自分が大切にしている人間関係の中に、自分自身も含まれているでしょうか?

それが、今回の心の実験で考えていただきたいことです。




■ 実は「助けて」と言うことも、相手を尊重する行為なのかもしれない

ここで、少し視点を変えてみたいと思います。

皆さんは、誰かに頼ることを、どのように捉えていますか?

相手に負担をかけること。

自分の弱さを見せること。

一人では何もできないと認めること。

そんな印象を持つ方もいるかもしれません。

しかし、私は別の考え方もできると思っています。

「誰かに頼ることは、相手に『助けるかどうかを選ぶ機会』を渡すことでもあるのではないか?」


例えば、

「少し話を聞いてもらえる?」

と尋ねたとします。

相手は「いいよ」と答えるかもしれません。

あるいは、

「今日は難しいけど、明日なら大丈夫だよ」

と言うかもしれません。

もちろん、断ることだってあるでしょう。

でも、それでいいのだと思います。

なぜなら、相手にも相手の気持ちや事情があるからです。

大切なのは、相手が断れる余地を残すこと。

そして、自分自身も、頼まれたときには断ることを選べること。

これは、第3回のブログでお話しした「自分の正しさを相手に押しつけない」という考え方にもつながっています。

「助けてほしい」と伝えることと、「助けてくれなければ困る」と要求することは、同じではありません。

お互いが自分の気持ちを伝え、お互いに選ぶことができる。

私は、そんな関係性を大切にしたいと思っています。





■ 人を大切にすることと、自分を大切にすること

ところで、皆さんはこんな経験はありませんか?

誰かに嫌われたくなくて、本当は嫌なことを引き受けてしまった。

周りの期待に応えようとして、自分の予定や体調を後回しにしてしまった。

本当はつらいのに、「自分が我慢すれば丸く収まる」と考えてしまった。


そんなとき、私は一つの疑問を感じます。

「その人間関係の中で、あなた自身は大切にされているのでしょうか?」

少し厳しい問いかもしれません。

でも、これは相手を責めるための質問ではありません。

自分自身が、他人との関係の中でどのような立場に置かれているのか。

そこに目を向けてみてほしいのです。

もちろん、誰かのために自分が我慢することが必要な場面もあるでしょう。

家庭でも、職場でも、人間関係には譲り合いが必要です。

しかし、いつも同じ人だけが我慢し続けているとしたら?

その人が苦しいと感じても、誰にも気づいてもらえないとしたら?

それは、本当にお互いを大切にしている関係と言えるのでしょうか。


私は、優しさとは、ただ相手の要求を受け入れることではないと思っています。

時には断ること。

時には意見を伝えること。

そして、時には助けを求めること。

それも、人間関係を築くうえで大切な選択肢なのではないでしょうか。

「相手を大切にしたい」という気持ちの中に、「自分も大切にしたい」という気持ちがあってもいい。

私はそう考えています。





■ 今日からできる、小さな「バグ」の入れ方

ここまで読んでくださった皆さんに、もう一つだけ提案です。

次に誰かから、

「大丈夫?」

と声をかけられたとき。

もし本当はつらいのであれば、いつものように反射的に「大丈夫です!」と答える前に、ほんの数秒だけ考えてみてください。

「私は今、本当に大丈夫なのだろうか?」

そして、もし安心して話せる相手なら、

「実は、少し疲れているんだ」

「今は余裕がなくて……」

「話を聞いてもらってもいい?」

そんなふうに、ほんの少しだけ本音を伝えてみるのもよいかもしれません。

もちろん、無理に本音を話す必要はありません。

誰にでも心を開けばいいというわけでもありません。

自分の気持ちを大切にするということは、話す相手やタイミングを自分で選ぶことでもあります。


そして、もし誰かに頼ることができたのなら……

「迷惑をかけてしまった」

と責める前に、少しだけ別の考え方を試してみませんか?

「私は今日、誰かと支え合うという選択をしたのかもしれない」

そう捉えてみるのです。


もちろん、すぐに気持ちが変わるとは限りません。

それでも、今までとは少し違う角度から自分を眺めてみる。

私は、そんな小さな実験に意味があると思っています。





■ 最後に。

「迷惑をかけない人生」は、本当に幸せなのでしょうか?

さて、今回も少し長くなってしまいました😅

最後に、もう一度だけ皆さんに質問です。

「あなたは、誰にも迷惑をかけずに生きることができると思いますか?」

私は、難しいと思います。

なぜなら、人間は一人では生きられないからです。

誰かの力を借りることもある。

誰かに助けてもらうこともある。

反対に、自分が誰かの力になれることもある。

そんな関わり合いの中で、私たちは生きているのではないでしょうか。


もちろん、だからといって、他人にどれだけ負担をかけてもよいという話ではありません。

自分の行動に責任を持つことも、相手の事情を尊重することも大切です。

ただ、私は

「誰にも迷惑をかけないこと」を人生の目標にしてしまったら、誰かに助けを求めることさえ、悪いことのように感じてしまうのではないか?と、思います。

そして、それは時として、自分自身を孤独に追い込んでしまうこともあるでしょう。


もし今、この記事を読んでいるあなたが、

「誰かに頼りたいけど、頼れない」

「自分が我慢すればいい」

「迷惑をかけるくらいなら、一人で抱えたほうがいい」

そんな気持ちを抱えているのなら、私は一つだけ伝えたいことがあります。

あなたが誰かを支えてきたように、あなたも誰かに支えられていい。

そして、誰かを助けられなかったからといって、あなたが冷たい人間になるわけでもありません。

人を大切にすることと、自分を大切にすること。

その両方を選んでもいいのだと思います。

そもそも、あなたの人生なのですから。

他人の期待に応えることだけで、人生のすべてを埋め尽くす必要はないはずです。



最後に、実験カウンセラーとして、こんな問いを皆さんに残したいと思います。

「もし、誰かに嫌われる心配も、誰かをがっかりさせる心配もなかったとしたら、あなたは今日、本当は何をしたかったのでしょうか?」


その答えが、今すぐ見つからなくても構いません。

ただ、たまには誰かのためだけでなく、自分自身のために問いかけてみてください。

「私は、本当はどうしたいのだろう?」

そんな小さな問いが、これまで当たり前だと思っていた生き方に、新しい選択肢を生み出すかもしれません。


今回も最後までお読みいただき、ありがとうございました。

また次回の「心に寄り添うブログ」でお会いしましょう!

👋


カウンセリング 自認ほーむラボっと♪

実験カウンセラー しんちゃん


誰かに頼ることが苦手だったり、自分の気持ちを後回しにしてしまったりすることには、それぞれの理由があると思います。一人で抱えることが苦しくなったときには、カウンセリングという場所で、ゆっくり気持ちを整理してみるのも一つの選択肢です。

【カウンセリング自認ほーむラボっと♪】では、あなた自身の気持ちやペースを大切にしながら、一緒に考えていきます。

 
 
 

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